大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)595号 判決

上告人

株式会社奈良屋

右代表者代表取締役

池田二郎

右訴訟代理人弁護士

髙中正彦

松島幸一

被上告人

堀田勝太郎

右訴訟代理人弁護士

山森一郎

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人髙中正彦、同松島幸一の上告理由三について

一原審の確定した事実関係の要旨は、次のとおりである。

1  上告人代表取締役杉本貞雄は、平成二年一月一八日、被上告人に対し、上告人の有する株式会社松北園茶店(以下「松北園」という。)の額面五〇円の株式一二万一〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を代金七九八六万円で譲渡した。本件株式の譲渡については、上告人の取締役会の承認決議はされていない。

2  上告人は、ショッピングセンター等の経営を目的とする株式会社である。平成元年二月末日現在の上告人の資本金は一億六七〇〇万円、その有する資産の価額は合計四七億八六四〇万円余、そのうち本件株式の帳簿価額は七八〇〇万円であった。本件株式は、松北園の発行済み株式の7.56パーセントに当たる。松北園は、茶の製造販売を営む株式会社で、昭和六三年及び平成元年に株主に対し一割配当をした。松北園は、上告人の発行済み株式の17.86パーセントを有しているが、上告人との間に商品の取引はなく、上告人は、松北園の株主総会に出席したことがない。

3  上告人は、もともと杉本家によって設立され支配されてきたものであるが、杉本家と代表取締役池田二郎らとの間で内紛が生じ、平成元年九月一九日に杉本家の親戚に当たり松北園の代表取締役でもある杉本貞雄が上告人の取締役及び代表取締役に選任され、池田二郎は、同年一二月一日、代表取締役を解任された。その後、杉本家と池田二郎らとの間で和解が成立し、本件株式譲渡の翌日である平成二年一月一九日、杉本貞雄は代表取締役を解任され、池田二郎が再び上告人の代表取締役に選任された。

4  杉本貞雄は、本件株式は元は杉本家が所有していたもので、利回りもさしてよくなかったので、これを処分して資金を調達した方が当時の上告人の財務状況から適当であると考え、被上告人に対して本件株式の買取りを依頼した。

5  上告人の取締役会において、昭和六三年六月一五日、上告人の有する他の会社の株式を譲渡することを承認する旨の決議がされたことがある。

二原審は、右の事実関係の下において、本件株式は価格的には相当な財産であるが、配当を受領していただけで上告人の営業の維持発展のため必要不可欠な財産ではないこと、譲渡の代価を取得できること、本件株式の帳簿価額と上告人の資産額との対比などを併せて考えると、本件株式譲渡は商法二六〇条二項一号にいう重要な財産の処分に該当しないと判断して、右規定違反等を主張し、本件株式の譲渡の無効を前提として上告人が本件株式の株主であることの確認を求める上告人の請求を棄却すべきものとした。

三しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

商法二六〇条二項一号にいう重要な財産の処分に該当するかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件株式の帳簿価額は七八〇〇万円で、これは上告人の前記総資産四七億八六四〇万円余の約1.6パーセントに相当し、本件株式はその適正時価が把握し難くその代価いかんによっては上告人の資産及び損益に著しい影響を与え得るものであり、しかも、本件株式の譲渡は上告人の営業のため通常行われる取引に属さないのであるから、これらの事情からすると、原判決の挙示する理由をもって、本件株式の譲渡は同号にいう重要な財産の処分に当らないとすることはできない。さらに、本件株式は松北園の発行済み株式の7.56パーセントに当たり、松北園は上告人の発行済み株式の17.86パーセントを有しているのであり、〈書証番号略〉によれば松北園は平成二年五月三〇日に開催された上告人の株主総会に出席した上取締役選任に関する動議を提出したことがうかがわれるのであるから、本件株式の譲渡は上告人と松北園との関係に影響を与え、上告人にとって相当な重要性を有するとみることもできる。また、〈書証番号略〉によれば本件株式譲渡の翌日である同年一月一九日に開催された上告人の取締役会において本件株式及び上告人の有する斉藤酒造株式会社の株式四〇〇株を杉本秀太郎に譲渡することの承認決議がされたことがうかがわれ、〈書証番号略〉によれば昭和六三年六月一五日に上告人の取締役会でされた上告人の有する株式の譲渡承認決議は株式会社長谷川商店の額面五〇円の株式四〇〇〇株及び細田株式会社の額面五〇円の株式一万三五〇〇株を対象とするものであることがうかがわれるのであり、上告人においてはその保有株式の譲渡については少額のものでも取締役会がその可否を決してきたものとみることもできる。

そうすると、原判決には審理不尽、ひいては法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官味村治 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官大白勝)

上告代理人高中正彦、同松島幸一の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

一 上告人は、上告人会社の元代表取締役である杉本貞雄が本件株式を被上告人に譲渡した行為が、①上告人の定款二二条一項に違反すること、②商法二六〇条二項一号に違反すること、③代表権の濫用によるものであることを理由として、その無効の確認を求めたが、原判決は、いずれの点も認められず、本件株式譲渡行為は有効であると判示した。

しかし、以下に述べるように、原判決には、次のような判決に影響を及ぼすことのあきらかな法令の違背(理由齟齬、理由不備、審理不尽)がある。

二 定款違反の点について

1 原判決は、上告人会社の定款二二条一項が、「その文理からして、代表取締役の権限行使を具体的に制限し、本件株式譲渡のような行為について、取締役会の議決を必要とする旨を定めたものと解することは困難である」としているが、そもそも、商法によれば、取締役会は、その決議によって業務執行に関する会社の意思を決定する機関であり(同法二六〇条一項)、代表取締役は、取締役会で決定した会社の業務執行を行い、対外的に会社を代表する取締役会の下部機関にすぎないものである。したがって、前記定款二二条一項は、この当然の事理を規定したにすぎないものであり、代表取締役の権限(代表権)行使について、具体的な制限をしたものに他ならない。

代表取締役は、取締役会において委任した範囲内で自ら決定して、これを行うことができるが、右定款は、どのように解釈しても、代表取締役にそのような委任をしたものとは読めないものである。

また、本件のような株式譲渡が、上告人会社の日常業務の範囲に属さないことも明白なところである。

従って、まずこの点において、原判決には、商法の解釈を誤った違法がある。

2 次に、原判決は、上告人会社が以前に株式譲渡について定款に従って取締役会の決議を行ったことに関し、「定款二二条一項の規定があるからというより、『他の理由から』(『 』は、上告人)取締役会の決議がなされたものとみるのが相当であるから、右取締役会の決議があるからといって、保有株式の譲渡につき取締役会の議決を必要とするとはいえない」としている。

しかし、原判決は、その『他の理由』について、何ら判示するところがない。これは、理由不備か理由齟齬の違法があるというべきである。

定款の解釈に関しては、形式的な文理解釈をするのではなく、現実の運用も踏まえて行うべきであるが、原判決は、文理に拘泥し、理由に一貫性がない違法を犯したものである。

三 商法二六〇条二項一号違反について

1 商法二六〇条二項は、必ず取締役会において決定すべき事項を列挙し、定款をもってしてもその決定を代表取締役に委ねることができないこととしている。

その一つとして、「重要ナル財産ノ処分」があるが、ここに「重要ナル財産」とは、価格の点と、当該処分が会社に及ぼす影響の点の両面から判断すべきものと解するのが相当であるが、原判決は、「価格的には相当な財産であるといえる」としながら、「控訴人(上告人、以下同じ)は、本件各株式によって松北園から配当を受領していただけであって、控訴人の営業を維持発展させるためにどうしても保有しなければならない財産であるとまで認めることができないし、本件各株式を売却してもその代価を取得できることや本件各株式の帳簿価額と資産額との対比などをあわせ考えると」重要な財産の処分ではないとしている。

しかしながら、本件株式を価格の面から相当なものであるとしながら、これを重要でないとすることは、理由に齟齬があるか不備があるというべきである。

商法二六〇条二項は、取締役会における業務執行の意思決定を重要視した結果の規定であるから、価格の点で相当であれば、直ちに「重要な財産」に該当するものである。

四 権限濫用について

1 さらに、原判決は、杉本貞雄が自らが代表取締役を勤める松北園の支配権を確立するために本件株式を譲渡した証拠が認められないとし、「他に右譲渡が控訴人(上告人、以下同じ)の利益を不当に害する目的で行われ、又はこれによって控訴人に経済的損害を与えたとは認め難いから」、本件株式譲渡は、杉本貞雄の権限濫用とはいえないとしている。

しかし、上告人に経済的損害を与えたかどうかは、証拠上からは全く認定できないものである。原判決は、上告人会社の営業報告書における本件株式の帳簿価格をもとにして、本件株式譲渡価格がこれを極めて若干ながら上回っていること、昭和六一年頃に一株三〇〇円の譲渡がなされた事実があることから、経済的損害がないと結論付けているものと思われるが、株式の適正譲渡価格については、松北園の資産を十分に評価したうえでなければ、これを確定できないものであることは明らかである。

しかるに、原判決は、これらに関する証拠調べを行うことなく、直ちに経済的損失がないとしているのであって、理由が不備である。また、松北園の株式価格の算定に関する審理を尽くしていない違法もあるというべきである。

2 また、原判決は、被上告人と杉本貞雄とが旧知の間柄であることを認定しながら、杉本貞雄が本件株式を譲渡する経緯につき、「本件株式がもともと杉本家が保有していたものであり、利回りもさしてよくなかったので、これを処分して資金を調達した方が当時の控訴人の財務状況から適当であると考え」たこととしているが、当時の上告人の財務状況に関する証拠はない。このような事実認定は、証拠に基づかないものというべきであって、理由不備というべきである。

よって、以上の理由により、原判決は破棄されるべきである。

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